BGMの心理学ブログ
- 2009-10-24 (土)
- 音楽と感情
フェルモンド齋藤です。
次回のコンサートの曲目を整理しています。
弾きたい曲がたくさんありますが、技術的に弾けないのが苦しいところ。
いや、弾けないなんて言ってはいけませんね。
がんばります。
練習すればするほど、確実に上達するのがバッハ。
そして、ノンペダルで弾くことが多いのでごまかしが利かないのもバッハ。
バッハにもいろいろな性格の曲があって、
G線上のアリアのような美しい旋律を持つ曲があったり、
半音階幻想曲のように激しく上下するパッセージの曲があったりします。
好きな曲はたくさんあるのですが、
今日は、「フェルモンドはこんな感じのバッハ曲が好きです」ということで、
再びYoutubeの登場です。
わずか50秒のプレリュードですが、鳥肌もの。
35秒からのすべての鬱憤を晴らすかのような超速パッセージは、
聴覚感覚を満足させてくれます。
Glenn Gould – Bach, Prelude in D minor, BWV 935
- *今日のヒトコト*
- あ、コンサートってかなり先ですからね。
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- 2009-10-24 (土)
- 音楽と感情
フェルモンド齋藤です。
音楽を聴いて、「震え」を憶えることがあります。
いわゆる、ゾクゾクするというアレです。
この震え(ゾクゾク)とは、人が感動したり、気持ちよくなったりしたときに起こる現象であり、
脳からはすばらしい脳内物質が分泌されています。
この状態のときには、いいアイデアが出たり、やる気が出たり、自分に自信を持てたりという
プラスの現象がたくさん起きます。
世の中には、震えさせてくれる音楽があります。
特に、数百年に渡って今も愛されている一流の音楽に多いように思います。
実は、昨日「震えてしまった音楽」がありました。
前からよく知っているシューベルトのピアノソナタなのですが、
妙にハマってしまい、もうゾクゾクの連続です。
Youtubeにいくつか音源がありましたので一緒にゾクゾクしましょう。
一つ目はのだめカンタービレから。
このピアニストの演奏が一番好きです。
調べたところ、ポリーニでした。さっそく購入。のだめって、いいセレクトしてますよね。
Schubert, Piano Sonata a-moll, Op 42 D845 No.16
フルバージョンはこちらで。
Walter Klien の演奏でどうぞ。
- *今日のヒトコト*
- シューベルトの旋律は言葉で言えない何かを感じます
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- 2009-10-22 (木)
- 音楽と感情

フェルモンド齋藤です。
音楽を聴いて、思わず体を動かしてしまうことってありますよね。
これは、とても自然なことで音楽にとって「動き」が重要であるということは、
かなり古くの時代から考えられていました。
アリストテレスはこう言っています。
「なぜ、音は感情を刺激する唯一の感覚であるのか。言葉のない旋律ですら、感情を持っている。しかし、色や匂いではこうはいかない。われわれは音に付随する運動を感じ、これらの運動は行為を刺激し、その行為は感情のサインとなる」
(Helmholtz より引用)
つまり、音楽を聴くと体が自然に動き、それが人の感情を左右するということです。
現代では、コンサートホールや車、イヤホンを通しての音楽聴取が主流になってきており、
本来の「動きを伴う音楽」の影は薄くなりつつあります。
ただ、薄くなっているのは意識だけであって、根本的なメカニズムはもちろん変化はありません。
事実、海外のコンサートでは、シュトラウスのワルツを聴いたときに体を動かしている場面があります。
あれが自然な姿なのかもしれませんね。
体を動かせる場面で音楽を聴くときには、思いっきり身を任せて動いてみるもの脳にとっていいでしょう。
- *今日のヒトコト*
- ショパンのエチュードOp.10-4はロック並に体を動かしたくなります
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- 2009-10-21 (水)
- つれづれ日記

(※クリックして大きくなったら、写真上の左右にマウスを合わせるとギャラリーのように楽しめます)
フェルモンド齋藤です。
脳の中で感情を司る「扁桃体」という場所があります。
ここは、人が感じる「うれしい」「楽しい」「好き」「悲しい」などの感情を、
発信する場所です。
そして、その隣には記憶を司る「海馬」があります。
そのため、扁桃体から快の感情が発信されると、
海馬もそれに伴って活発に活動し、記憶が強くなります。
私が中学生の頃、同じクラスの女の子が学校でシューベルトの即興曲を
弾いてくれたことがありました。
当時の私にとっては衝撃的な演奏であり、一瞬にしてその音楽に
惹かれました。
「どうしても、この曲が弾きたい」
そう強く思い、次のピアノレッスンで、
「先生、どうしてもシューベルトの即興曲が弾きたい」
と、お願いしました。
先生は、少し驚いていましたが、
「じゃあ、がんばって弾いておいで」と言ってくれました。
当時の技術ではどうみても難しいだろうと先生は思ったはずですが、
どうしても弾きたいという気持ちが、今までにない練習量をこなしました。
そして、一週間後8ページにも渡る楽譜をすべて暗譜し、
先生の前で弾きました。
「ひろちゃん、どうやって練習したの?すごいねー」と、
それはそれは驚いていました。
今思っても不思議なのですが、
考えられるのは「どうしても弾きたい」と思う、気持ちだったのだと思います。
弾けば弾くほど、気持ちよくなり、楽しくて仕方がないので記憶もものすごい勢いで
定着していく。
あの曲を普通に先生に与えられた課題だとすると、とってもではありませんが
仕上げることはできなかったのだと思います。
人間は楽しくて仕方がないとき、すごい底力を発揮するものなのですね。
- *今日のヒトコト*
- 最近は、好きな曲でも暗譜に時間がかかるのが気になりますが……
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- 2009-10-15 (木)
- BGMについて

フェルモンド齋藤です。
本日、10月15日のスーパーモーニング(テレビ朝日)に出ました。
出ましたとはいっても、情報提供という形で電話取材を受け、その音声が流れた(?)かな。
オンエアを見てないのでなんとも言えませんが、おそらく流れた模様です。
どんな取材だったかというと、
「駆け込み乗車の原因は駅メロなのか」ということで、
駅メロが人間心理に及ぼす影響についてでした。
駅のベルが駅メロに変わったのは1989年。新宿、渋谷駅が最初でした。
当初は、ベルが不快感や警報的なイメージが漂い、駆け込み乗車を助長するとして、
ヤマハのクリエイターが依頼を受け、駅メロの制作に着手したのでした。
お年寄りにも聞こえる周波数を使ったり、万人に心地よいと思わせるようなメロディーを作り、
且つ注意を喚起しながらも駆け込み乗車を減らすという、非常に難しいプロジェクトでした。
ベルからメロディーに変わったときは、なかなか好評で、駆け込み乗車も減ったそうです。
しかし、あれから20年余り。
再び、駆け込み乗車の話題が出てきたのです。
しかも、「駆け込み乗車の原因は駅メロである」と。
クリエイターたちは、こう言われてはたまらないですよね。
確かに、駅メロは駆け込み乗車の合図になり得るかもしれませんが、
それは駅メロでなくても同じことです。
笛だろうと、ベルだろうと、声だろうと。
いわゆる、パブロフのイヌの古典的条件付けと同じです。
「何か鳴ったら、電車がくる」
そういうことです。
今年の1月からJRでは駅メロをなくして、駆け込み乗車が減るかという実験をしています。
果たして、どうなることやら。
私の意見としては、決して駅メロが原因なのではなく、
条件付けされているに過ぎないわけですから、いわば「何でも」駆け込み乗車は起こりえます、ということになります。
JRの実施している、駅メロ廃止実験はむしろホームの雰囲気を冷たいものにしないか危惧しています。
できることなら、恒常的にBGMをホームで流して、その音楽に少し変化を持たせていく。
これであれば、ホームの雰囲気もよくなり、かつそれほど駆け込み乗車を助長することはなくなると思います。
人は、無音から音が発生するとドキッとしますよね。
ネットで突然音がなると、思わず閉じてしまうのと似ています。
しかし、通常音が鳴っている空間では少し変化があっても、違和感なく受け入れられるものです。
駅のホームで素敵なBGMが流すというのも一つの案としていかがでしょうか。
- *今日のヒトコト*
- 焦らない、焦らない。
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